apologies。

It's my fault。




人にはそれぞれ役割が在る。
まるでひとつの演劇のように。
筆者には明確な役割が在る。
それは「必要悪」。
主人公が倒すべき悪。
皆を苦しめる悪。
反面教師としての悪。

筆者は「恐い」と云われる事が在る。
見た目も目つきも悪いから、という事もあるだろうけれど
第一に優しさが無いからだと思われる。
表面上付き合う程度には、逆に優しいと云われるが
それは「余所行き」の筆者だからで
そういうプログラムを実行しているからだ。
裏も表もないつもりはしているけれど
本当は誰にも関わりたくないし、関わってほしくもない。
しかしそれでは社会生活を送れないから
「そう出来るように努力している」だけである。
なので話が通じると感じるのだろうと思う。

だけど考えれば考えるほど、筆者はこの世と相容れない。
筆者の「機能」は必要悪であり反面教師であるけれど
役割のキャパシティを完全にオーバーしている。
これはもう、純粋な「悪」じゃないだろうか、と自分を疑う。

「目には目を歯には歯を」という言葉が在る。
やられたらやりかえす意味で捉えられがちだけれど
そうではなく、これは同害報復である。
ずっと昔には人なんて簡単に殺されたりしていた訳で
それに歯止めをかける為のものだったと思われる。
しかし現代では、例えばいじめをして相手が死んだとしても
いじめた側は素知らぬ顔でのうのうと生きているし
権力やお金の力で生殺与奪の権利を握る奴も居る。

『そんな事は決して何があっても許してはならない』のだ。

だからいじめた奴は見付け出していじめ抜いて殺すべきだし
人の人生を勝手に決める奴は何もかも奪って殺すべきだ。
そして筆者は、それを冷静に考えて実行するべきだと思ってしまう。

なのでそうした「重み」を含めた言葉の使い方や云い方をするし
当然それは自分も対象となるべきだと考えているので
そうした一切合切が「滲み出て」、本能的に拒否されるのだろう。
そしてそれは、「薬」ではあるが、それと同時に強力な「毒」でもある。

「抗がん剤」のようなものだろうか。
確かに一定の効果は認められるものの、副作用が非常に激しい。
だから筆者は、それなりに人間に貢献し得るかも知れないけれど
それ以上に人を傷付けて、破壊する方が多いように思われる。

そんな自分の本質をうっすら理解するようになってから
もう長い間だけれど、ずっと生きているのが申し訳なかった。
こんなに美しく素晴らしい自然や動物を毒するのが息苦しいし
それを糧として、食事などする事には嫌悪感が常につきまとった。
心の中で謝りながら肉や魚を食べるのは拷問以上の苦しみだ。
その食物連鎖の上に生きる価値が、少しもないから。

最近とにかく考えるのは、どうやっていつ死ぬべきか、だけだ。
もう誰とも連絡は取らないでおこうと思う。
「愛されたい」と叫んでばかりのように思ったけれど
実のところ、筆者は「愛せない」のではないかと思ったからだ。
誰と一緒にいても、きっとどこかのタイミングで「あの顔」が出てしまう。
そんな時に隣に居てくれる人を傷付けたくない。
もう一人でいるしか選択肢がない。
子供はちょっと欲しかった。
自分にないものを持っている人との間に作って
人に優しい人間に育ててみたかった。
それに関しては、筆者は誰よりも立派な反面教師なんだから。

……こうして生きているだけで、筆者は命を奪っている。

献血や臓器を提供したりすればいくらか役に立てるかと思いもしたけれど
記憶転移で筆者が「伝染」しては困るので、それもしたくない。
こんなものは、筆者限りにしておかなければ。

ああ、筆者には、何も、残せるものがない。

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by ryu-cat | 2017-11-25 23:18 | 日常雑記 | Comments(0)


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