catch me if you can。

But how?



『そこへ行ってどうするかというと、僕は唖でつんぼの人間のふりをしようと考えたんだ。
そうすれば、誰とも無益なばからしい会話をしなくてすむからね』

白水Uブックス出版
著:J・D・サリンジャー 訳:野崎孝
「ライ麦畑でつかまえて」から引用。

昔読んだ時は、本当にそのような気持ちだった。
黙っていよう、聞かないでおこう、と。
でも最近、「ふり」が出来なくなってきた。
というよりも「ふりで済まなくなってきた」のです。

まず今現在、とにかく全てに対して暖簾に腕押し状態。
まるで精神に麻酔でもかかっているような感じ。
何かしら反応はしているんだと思う。
多分楽しい、多分悲しい。多分痛い。
そういうふうに、何故か自分がひどく他人に思える。
前回書いたように、すとんとたくさんのものが筆者から落ちていった。
体中、いや、頭中まさぐってはみたけれど、何が無くなったのか解らない。
解らないけれど困らない、取り戻したい気もするけれどその気がない。
そうしている間に考える事がだんだん出来なくなってきて
ふと誰かに何かを伝えようとした時、言葉が出なくなってしまった。
厳密には、言葉の基は出てくるんだけれど
「こう云うとああ考えてしまうだろう。そしてあのように思ってしまうだろう。
そう思わせない為には、どう言葉を発すると良いだろう。むしろ発するべきだろうか?」
となり、最終的には数秒で疲れて止めにしてしまう。
そしてすぐ忘れてしまって、何を考えていたのかだけをかすかに思い出そうとする。
人間の脳というのは非常に素晴らしく出来ているもので
きっとこれ以上おかしくならないように諸々をシャットアウトしているんだろうと思う。
こんな事がとても冷静に何の感情もなく書けるという事が
「つまりはそういう事だ」と証明しているに他ならない。
しかしかわいそうに、ここまでセーブされて話したい事も話せなくなって
一体全体これからどうすればいいのでしょうか。
実験に使用されているマウスを見るような気持ちだ。
彼らは思う事が在ってもそれを言葉には出来ず
望みもしない生活を余儀なくされ、ただ生かされただ死んでいく。
そこには情が入り込む余地もなくそれは経過の一つにしか過ぎない。
悲しくも寂しくもないけれど、筆者は筆者がとても無駄に感じる。
生きるのに目標も理想もいらない。夢もあってもなくてもいい。
でも、ドロップアウトだけはしちゃ駄目だ。
それだけは覚えておいて欲しい。
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by ryu-cat | 2015-12-06 21:35 | 日常雑記 | Comments(0)


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