riot。

Rise again!



さて、久し振りの更新。
皆様覚えておいででしょうか、こんにちはこんばんは。

どうもTwitter始めてからブログ書くのが億劫で
そんな感じだからTwitterでつぶやくのも億劫で
そもそも何かを発信する事自体が億劫になっちゃって
「いよいよ本当におざなりに成ってきちゃったねYeah!」って感じでした。
あ、いや、そういう感じですよ。現在進行形。

世の中の巨悪というラスボスと対面したのは良いんだけど
とりあえずそこで一旦セーブしておいといたら
しまいにクリアするの忘れちゃってたみたいなね。

立ち上がったら多分殺されちゃうんだろうね、と思うとさ
死にたくないっていうよりも、そこで終われないから立ち上がれなくなる。
筆者の人生ってHP1でやってる一発くらったら終わりってもんなのよ。

ごめんね、大体皆そうだよね。

とまあ、実際昔そんな事が在ったんですよ。
「一揆」って言葉、学校で習いませんでした?
簡単に云ったら「皆で立ち上がって巨悪に対抗だ!」って感じなんだけど
天保一揆、それも近江天保一揆。
最近知ったんだけど、筆者のご先祖様がそれに関係していた事を知りました。

wikipediaにも名前が出てくるんだけど、多分天保一揆を止めてるんだよね。
勿論一人でじゃないけど、その一揆を起こした人物と友達で
幕府側と一揆側との橋渡し役をしていたらしいんですよ

ここで天保一揆について筆者の解釈で軽く触れておきます。
歴史の先生じゃないので多少間違っててもツッコまないでね。

むかーしむかし、お米はお金のようなものでした。
国はそのお米を年貢という税金として徴収していました。
その税率というのは自分の田畑の大きさで決まるもので
田畑の大きさを計測する事を検地といいました。
そしてその検地で決めた事は変更してはならないという事になっていました。
しかしその検地をもう一度すると幕府が云ってきました。

検地しなおすというだけでも本来ならばしてはいけない事なのに
賄賂を貰うと検地をせずに素通りしたり、計測に使う長さの決まった竹を
本来よりも短くして、実際の広さよりも広いというふうにしてみせたり
傍若無人甚だしい検地、というより理不尽を行ないました。

「このままではあまりにもひどい年貢で死んでしまう」
そう考えた土川平兵衛という若い村長さんが立ち上がり
「一揆を起こそう」となったのが、近江天保一揆の始まりです。
ちなみに当時一揆を起こすと死罪という事になっていました。
つまり本当に命をかけて一揆を起こす決意をしたんですね。

そうして土川平兵衛さんは同じ志の人を4万人集めました。
ちなみに幕府側の役人は40人程度でした。
40人に対して4万人、いくら役人が武士でも勝ち目はないですよね。
なのでその40人のトップは逃げました。山に。
それから云いました。

「おい、お前! お前あの土川平兵衛と親しいだろう!? あいつと話つけてこい!」

そう云われて向かわされたのが奉行だった筆者のご先祖です。
ご先祖様は土川平兵衛さんの話をよく聞き、それを幕府側に伝え
それをまた土川平兵衛さんに伝えとしていたのですが
集まった4万人の中には気持ちが昂ぶってしまっている人も居て
なかなか纏らない話に抑えが利かなくなり、ついにはとうとう走り出してしまいました。
いよいよ戦いが始まってしまうのかと思われた時
幕府からの検地中止の書面を持ったご先祖様が現れ
一揆勢をなんとか止め、戦いがされる事は無かったという話です。

昔は駄目な事に対してそうして立ち上がれる人が居たんですよ。
今でもそうした人は居るはずだけど、なんせ悪い方が強いんだもん。

そう、例えば、筆者が声を上げて不正を訴えても
悪い人間とお金でつながっている人間に殺されて終わり。

今は本当の本当の本当にお金だよね。
反吐を吐ききっても吐ききれないくらいに。

そういう人間は昔から居るけども、比率がさ、多すぎる。
だからなのかな、誰も立ち上がらないし立ち上がれないのは。

だからなんだろうな。

ねえ、疲れるでしょう?
どうでも良くなってくるよね。
お手上げです。ばんざーい。

と、腐りに腐りきっている筆者でした。
この出来レースみたいな世の中どうにかなんねぇかな。

守りたい国とか人って、こんなもんじゃないはずなんだ。
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by ryu-cat | 2015-03-31 19:39 | 日常雑記 | Comments(0)


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