realize。

閉じるべきは口だけではなかった。



こんばんは筆者です。
一昨々日30歳に成りました。

はい、残念ながらまだ生きております。

「2年前に切った啖呵はどうしたんだ?!」という声が聞こえそうですね。
……あ、覚えていないならそれで結構でございます。

結果だけ云うと、何もしなかった訳ではないけれど何も残りませんでした。

それにより少しだけ将来のビジョンが見えたりもしましたが
ひとつだけとんでもないものを得てしまったので現在こうしています。

そのひとつとは最初の一行の事。

筆者は「何か在る時は口を閉じるものだ」と云ってきましたが
その時にもうひとつ閉じる場所が在る事に気付きました。

それは「目」です。

「いくら口を閉じても、目を閉じなければ生きてはいけない」という事が解ったのです。

病院の総務に居た時に病院の内情を知り
霊柩車に乗っていた時に葬儀業界の内情を知り
現在はお寺でその後の内情を知ってしまった。

人が死に、その後どうされるかまで知ってしまった今
筆者はもう、この全ての現実に目を開けたままにしておく事が出来ない。

生きていくには、この出来事に目を閉じて対応しなければ。

どれもこれも今まで知らなかっただけで何処かで起きていた。
何も特別ひどい事ではないし、珍しい事でもない。

知っている人は知っているし、見ている人は見ている。

筆者だけが持っている感情などない。
人より優れた感受性が在る訳でもない。
正義感が溢れている事もない。

ただ「気にしてしまう」だけ。

ありふれた事をありふれた事として受け入れられないだけ。
許せない事がどうしても許せないだけ。

こう書くと筆者がとても良い人間に思えてしまうけれど、もしそう思ったらそれは誤解です。

これは玄関で脱いである靴がきちんと並べられていないと許せないのと同じレベルですから。

「気に入らない」と云った方が正しいかもしれません。

筆者がわめいたところで何も変わらない。変わる訳がない。
けれどもわめかずにはいられない。

この悪循環が続く状態です。

坊主が土地を転がして高級車を10台近く乗り回してたりするのが気に入らない。
と思ったところで権力が在ればそういう事が可能になるんだと納得すれば良い。

なのに出来ない。

出来なくても坊主は土地を転がすのを止めないだろうし
お金に困っている人は以前お金に困ったままで死んでいく。

そうして死んだら病院からごみのように搬出されて
お金を払って資格を取っただけの坊主にお経を上げられる。

それからその時のお布施でまた土地を買われる。

これがどうしても我慢出来ない。

でもこれを我慢するのが生きる為の条件。

知らないふりや我慢している人が冷たいだなんて思わない。
こんな日常茶飯事に行われている事に慣れない方がいけないと思う。

理不尽は消えない。格差はなくならない。
それが嫌みでも何でもなく世界なんだから。

反対するのなら苦しむだけ。

もう本当に頭がおかしくなりそうです。
そういう訳で、どうしたらいいのか解らなくなってどうにも出来ませんでした。

今は落ち着いているけれど、仕事に行くと毎日こうだもんね……。

つくづく「やっていけないなぁ」と思います。

われながらどうしてこうよくないものばかり知る機会が在るんだろう。
知らない幸せより知る不幸の方が得るものは多いと思うけれど、きつい。
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by ryu-cat | 2012-07-05 20:53 | 日常雑記 | Comments(0)


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