disarming。

Lay down your arms.



まずはこの動画をご覧下さい。



ご覧頂いた動画は、イギリスの公共広告です。

世間に銃が溢れ、子供達がいつ手にしてもおかしくないという現実。
銃が在る事で、より簡単に、より短絡的に人が殺せてしまう。

その引き金を無くそうという、銃撲滅を訴える動画です。

さて、この動画、どこかに違和感を覚えませんでしたか?
そうです、銃が映っていないのです。

銃撲滅を訴える動画なのだから、銃が映っていない事は不思議ではありません。

では、「何故映っていないのか?」
筆者がこの動画を発見したいくつかのサイトの一つで、このように書かれている方が居ました。

「銃が殺しているのではなく、人間の殺意が殺していると云いたいのではないか」

素晴らしい一言だと思いました。

はい? そんな事は考えなくても解る?
ええ、解ります。殺意が無ければ銃が在っても撃ちません。

――しかし、本当にそうでしょうか?

殺意を持って殺しているという事を常に認識していますか?
その意識が希薄に成ってしまった事はありませんか?

悪いのは銃「だけだと」思ってはいませんか?

銃はただの道具です。

『どんな時代でも、どんな道具を使っても、人間を殺すのは人間でしかありません』

勿論その道具が無くなれば目に見えて殺人は減るでしょう。
ですが、とても残念な事に、人間はまた別の方法で殺人を行うだけです。

銃の撲滅が無駄だと云っている訳ではありません。

この問題に気付かない限り、人間は成長出来ないと云いたいだけなのです。

成長しても人間で在る限り殺意は無くなりません。
ただ、少しずつでも理性が成長していきます。

その成長が、ひいては人間全体の成長になると筆者は考え続けています。

日本人は(日本以外は知りませんが)一般人が銃を手にする事はありませんが
日本以外は道具が銃だというだけで、この考えは何にでも応用出来ます。

『貴方がしようとしている事を、しっかりとよく考えてみて下さい』

そうそう、公共広告繋がりで、もう一つ動画を載せたいと思います。



この大人達のように考えてしまう事はありませんか?

くじらを描いた子供に対して、思い違いをしてしまうのは仕方ありません。
「そう受け取ってしまう状態」というのは数え切れないほど多く存在しますから。

ですが、決して思い込んではいけない。

話し合いで全てを解決しようというのは悲しくも理想でしかないのだけれど
決め付けるという事は、相手を殺す事と同意なのだと知らなければいけない。

そして、最終的に否定しても構わないから、一度は受け入れるという事も知らなければいけない。

それがこの問題の全てです。
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by ryu-cat | 2012-01-25 23:07 | 日常雑記 | Comments(0)


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