一縷の望み。

筆者の運命やいかに!?



来月二十八日、「おやすみプンプン」の九巻が発売されます。

待ちに待った。とてもとても待ちに待った。

八巻が発売されてから半年か。いや、七ヶ月か。
まぁ、そんな細かい事はどうでも良いのです。

筆者は単行本を購入する場合、連載は読まないようにするので
月刊誌の作品を気に入ると中々読む事が出来ない。

「おやすみプンプン」は、まだ半年ほどで発売されるから良いですが
他の作品になると、大体一年前後は待たないといけません。

たまに読み返さないと忘れてしまいそうになります。
話も作品の存在自体も。

しかし、本当に発売が楽しみだ。

八巻では、主人公が筆者と同じ考えをしたので
その主人公が九巻で考えを変えるのか、または貫くのかが気になるところ。

──その、この間のコメントのやりとりを云う訳ではないと断っておくけれど
筆者だけが、特別な事で悩んでいるという事はありません。

皆、一度は同じ、もしくは似たような事で悩んでいるのです。

ですが、「誰でもそんな事は考える」や「そんな程度で悩むの?」と云う方は
こう考えた事はあるのでしょうか。

「非常に長いスパンで『悩み続けている』」かも知れない、という事を。

悩みというものは、大体が些細なものです。

些細でないものは周りが責め立てるせいで「悩めない」のですよ。
人の目に付きますからね。

ですから自然と、些細なものに限定されてしまうのだと思います。

その些細な事を、筆者を例に挙げるのであれば五六年考え続けているとしましょう。
「そんな些細な事」を二日三日考えるのとは訳が違います。

その精神状態が一体どういう事に成るか。

そして、もしその悩みを「そんな事」と云われてしまったら。

一言で人の悩みを片付ける人が居るけれど、そういう事を予想して「そんな事」と云うのでしょうか?

言葉を発するまでの全てのプロセスを説明しろとは云わないけれど
「それに対するニュアンス」が感じられない言葉は、恐らく中身がないと思う。

話が横道に逸れてしまいましたが、そうした筆者の悩みに対する示唆が見付かるかも知れない。

読み返して、きちんと頭を整理しておかないと。

そうだ、ケータイを新しくしました。

今年の四月に最新のものに変えたばっかりだったけれど、あのケータイは飽きた。
もうすごく飽きた。カメラを使わないと、あのケータイは、ただのケータイなのだもの。

本当はね、写真を沢山撮って、ブログも沢山更新するつもりだったけれどね。

撮る気も書く気も自分でもびっくりするくらい失せたのが悲しい。

だから、色々遊ぶ事が出来るケータイに変えました。
今回の機種は「SH-05C」です。

カメラは前より画素数多いし、ワンセグ見れるし
フリック入力とQWERTYキーボードが便利過ぎる。

前の機種と同じ時期に発売された機種なのに、どうしてこっちを選ばなかったのだろう。

あ、久し振りにテレビ見たけれど、非常にひどいね。
画質じゃなくて、内容が。

バラエティとか笑えるのは笑えるけれど、観客の声がわざとらし過ぎて耳を疑った。
通販番組の奥様達くらい何かある度に「えー!?」とか「キャー」とか云い過ぎだろう。

あれに慣れたり流されると、人間的に残念に成っていきそうで怖い。

テレビは本当に「作られたもの」だね。

楽しめれば、それで良いのだけれど。
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by ryu-cat | 2011-09-28 21:53 | 日常雑記 | Comments(0)


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