バミリ。

ちゃんと合っている?



ラジオを聴いていると、ふとこんな歌詞が聴こえてきた。

「いじめは正義だから、悪をこらしめているんだぞ」

おお、なんという歌詞だろうか。
駄目だよ、いじめを正義だなんて云っちゃあ。

──ところが、「本当はその通り」だという事を、皆なかなか知らない。

とりあえず、筆者の聴いた曲を載せますので聴いてみて下さい。
今回もタイトルに、歌詞サイトへのリンクを付加しておきます。

世界の終わり「天使と悪魔



まず、改めて云いますが、「いじめは正義」です。
しかしこれは「肯定」ではありませんし、「否定」でもありません。

「いじめ」というシステムは、「正義と悪を用意する」事で成立します。

解り易く云うと、「いじめれば正義、いじめられれば悪」という簡単な方程式なのです。
そこには「正しい」とか「間違っている」など存在しません。

そうした世の中に在る一つのシステムなのですから。

でも、解らない人達は「どちらが正しいか」とか
「どれが正解か」とかを「決めようと」します。

そうして「決めてしまい」、選ばれなかった方を「悪(間違い)」とする。

それを見て子供が育ち、「いじめ」というシステムが完成するのです。
「悪(間違い)は正さないといけない」とね。

自分の考えを持たず、人の考えばかりに流されて
「皆がそう云っているから」と、「自分の世界」を無くしてしまう現実。

こんな世の中だから、自分の立つ世界を、位置を、もう一度よく確認しないといけない。

「目で見えているものが真実とは限らないのだから」

とにかく、筆者が伝えようと思い書いている事と似た歌詞が多くて嬉しかったりしました。

おっと、これとは別に、一曲ばかし載せたい曲が。
ここ数日、筆者の拙い言葉で振り回し気味にしている「あなた」へ。

YOSHII LOVINSON「トブヨウニ



「あなた」の世界もきちんと在ります。

今は少し、ごっちゃになっていて解らないかも知れないけれど
見付けたら「自分自身」をなぞって確認してみて下さい。
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by ryu-cat | 2010-11-09 20:58 | 日常雑記 | Comments(7)
Commented by yotsuba at 2010-11-10 09:26 x
「トブヨウニ」
いまのわたしに、しみこんでくる歌詞でした。
ありがとう。
Commented by 鈴鹿 at 2010-11-14 19:50 x
いじめが正義?世の中のシステム?貴方のこのブログをどれくらいの人数が覗いてるかわかりませんが…。そういう言葉で片付けられる問題でしょうか?今 いじめを受けている人がいたらどう思うのでしょう?この曲を書いた方の別の作品も見ましたが私は共感できません。高みの神の視線から書いてるのですか?以前貴方にも言いましたが自分のわずかな知識経験で世の中総てを断ずるのは思い上がりのように思えます。貴方がナニを知っているというのでしょう?足元を見つめ直してはいかがですか?
Commented by ryu-cat at 2010-11-14 22:19
言葉で片付けたつもりはないけど、ごめんなさい。

正義だから良いとか仕方ないとは思ってないし
実際にそうされた経験から考えて書いたけど
気分を害したみたいで誠に申し訳ない。

ただ、おれは知らない事ばっかりだから
自分の世界については自分で決定するしかない。

その事をブログで書くと迷惑になるなら、もう止めておく。

そのままに書いてみるけど、いじめは駄目でしかない。
嫌になるくらい知ってるのに良くも仕方なくもないわ。
ただ、そうして良いとか悪いとか決めてしまうから
結局のところいじめとか色んな問題になるんちゃうん。
どっちかが折れるまでそんなんするんやから。

・・・・・・嫌みでも皮肉でもなく解決策があれば教えて欲しい。

そういう文章を書いて本当にすみませんでした。
以後厳粛に自重するよう努めます。
Commented by あたり at 2010-11-15 17:13 x
いじめは正義? ダメだよそれじゃ。 同じ考えで入らせて貰いました。

曲を聴かずに本文を読んでしまい意味が分からず、、
リンク先の歌詞を読んでみました。(音楽には疎いので曲が無いほうが分かるだろうと思ってね)

(勝手な解釈なので、間違っていたらゴメン)
うん、、、悪魔側の歌だね。いじめられる方の・・・・・
いじめられる理由を正当化して自分の位置を決めようとしているのかな・・・
正義になるには・・・・自分を否定しないといけない・・・・
切ないね。


多数=正義 で 少数=悪 という雰囲気は確かにある。
悪では無いにしろ、多数が正しいは間違いなく一般化している。

難しいね。事なかれ主義になっている自分が分かっちゃうと、こういう歌詞を読むと、今の自分はどの位置に居るのか考えてしまうよ。

うむ。。。
解決策は無いです、、自分ですら解決できていないのだから。






Commented by ryu-cat at 2010-11-16 21:11
全然勝手な解釈じゃないんで参考になります。

おれの考えはね、これはどっち側でもないんだ。

いじめられると自分が悪いとか、いじめてる側も
「こいつが悪いんだ」とか思い込むけれど
何か理由があっていじめてる訳じゃなくて
そういう事が出来てしまうという人間の性が悪いと思うの。

だからいじめられても自分を責める必要はないし
根源は誰の中にもあって、その葛藤に勝てるかどうかが問題。

いじめは人間そのもの。

そして多数が決めた事に反対すると
誰からも相手にされなくなるという現実。

でも、自分が変われば世界が変わるし
世界が変われば、何だって変える事が出来る。

自分の中にある正義と悪を見つめ直せば
いくらでも好きなように生きられるんだよ、とおれは感じた。

だから正義も悪も基準として用意しちゃいけないんだ。
基準にした時点で、どちらももれなく悪意。

でも、おれみたいな事を云うよりは
真っ直ぐに駄目と云える鈴さんやあたりさんの方が良い。

そうなれる間に、そうなっておきたかった。
Commented by ともみ at 2011-03-17 14:30 x
初めまして、この歌の解釈で検索して、こちらのサイトを見ました。
コメントも読ませていただいて思ったこと・・
コメントで否定も肯定もかかれてますよね。
でも、この歌はその肯定、否定は、どちらが正しいとか間違ってるとか、そんなこと誰にも解らないんだって言っているんです。
相違する意見があるから、世の中は争うのだと。
だから、足元を見つめ直してはいかがですか、という言い方をされるコメントを見てやるせなくなりました。言ってることは間違ってはないとは思いますが、書き方を間違えてはいけない。

そしてこの歌は、題材としていじめをあげているけど、それだけに限定されるものじゃないと思います。
今震災の状況でも、不謹慎だとか、場違いだとかいろんなコメントをよく目にしますが、そういう場合もどちらの意見も間違ってないんだと痛感しました。
この歌に出会って、紹介していただいていることを、私は嬉しく思いました。
Commented by ryu-cat at 2011-03-18 22:48
初めまして。コメントありがとうございます。

おっしゃられた通り、全ての事柄は肯定と否定が混在しており
どちらかに断定する事は出来ません。
しかし人は、それを決めたがり、結果、争いが起きます。

私の考えは、答えなど正直どちらでも良いと思うのです。
大事なのは「どちらも知って、どちらかを選ぶ」という事。

天秤の上がっている方だけを見ても仕方ありません。
同じように下がっている方だけを見ても仕方ありません。
「どこが真ん中なのか」と天秤の支点を探し
そこを視点にする事で見えてくるものを、しっかり見る。

そうすれば、自ずと「自分に正しく」なれると思っています。
そうして「正しく」あれば、正義でも悪でも良いのです。

正義だ悪だと決める気持ちこそが、本当はいけない。

人は等しく、天使であり悪魔であります。
それを知りながら助け合えれば素晴らしいのですが・・・・・・。

文才がなく、混乱させてしまうような解釈ですが
こうして思った事を書いて頂き、私もとても嬉しく思います。


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