繁栄と衰退と流行と。

文化が聞いて呆れるよ。



つい先日、「こんな話が在るよ」と教えてもらい
読んでみて大変に素晴らしい話だと感じたので紹介。

「幸福の王子」、という話です。

ここ数年、いや、筆者が知らないだけで以前からなのかも知れませんが
小説の映像化が盛んに行われている様に感じます。

映画であったりドラマであったり、アニメーションであったり。

文字は毎日見ますが、活字を読むという行為は好きでなければしないため
素晴らしい作品を気軽に映像として楽しめるというのは賛成です。

ですが、最近色々と「質の変化」が気になるのです。

「どれがどう」と限定も断言も出来ませんが
何もかもが「売る前提」の様な気がして堪らないのです。

強いて云えば、アニメーションが代表である様に思います。

海外からは日本の文化とまでされていて
確かに「すごいなぁ」と思う事はあるのだけれど
「気に入られる作品」では無く、「気に入って頂く作品」という雰囲気がするのです。

狙いがバレバレとでも云いましょうか。

「ほら、すごいでしょ! こういうの好きだよね!?」と聞こえてきそうなくらいに。

それが蔓延し、尚且つ認められ良いとされる世の中が
筆者にはとてもとても気分が悪くて仕方が無いのです。

音楽も悲しい事に、そういう「もの」ばかり。

洋楽に似せた雰囲気に、何が云いたいのか解らない歌詞とメロディ。
それでもそれが格好良いと云う。

全てがそうではないのだけれど、あちらこちらに商業的要素が多過ぎる。

要らぬものが繁栄し、良いものが衰退していく。

個人的に、アニメーションと音楽はもう駄目だと思っています。
良いものが一割あるかどうか。

映画はまだギリギリ大丈夫かも知れませんが
本当に絶妙なバランスだと思うので、少し傾けば駄目になるでしょう。

そして、最後の砦は「文学」だと思います。

先程も書いた通り、好きでなければ活字を読まないため
流行に影響され難く、商業的要素が入り込み難いのです。

ですが、もし文学までもが「そうなってしまった」ら。

日本はもう、アイデンティティーの無い国になってしまう事でしょう。

あまりこの言葉は使いたくありませんが
基礎や環境がそうなってしまえば、育つのは「ゆとり世代」ばかりです。

勉強が出来れば「頭が良い」訳ではない。
売れたからって「素晴らしい作品」とは限らない。

本当に素晴らしい事とは。

それを考える「心」が在る、という事ではないでしょうか。
[PR]
by ryu-cat | 2010-05-25 21:58 | 日常雑記 | Comments(2)
Commented by ponpon at 2010-05-26 16:20 x
仰るとおりですね。

> 商業的要素が多過ぎる。

業界が切羽詰っているのか、それとも最近の業界関係者が能無しなのか…。恐らく両方かも知れません。経済的余裕がなくなると精神的余裕が無くなり、作品づくりにも悪影響が及びます。
日本の景気が良かった頃は、金回りが良くて、作品づくりにもジックリ時間とお金と手間(人材)を掛けることが出来たんでしょうけどね。
高度成長期~バブルの頃までは、音楽もアニメも練りに練られた作品が結構多かったですね。メッセージ性(心)のある作品も多かったです。
最近の作品は、とりあえず手っ取り早くカネになればいい、と言ったものばかりで、聞くのも見るのも敬遠します。

> 要らぬものが繁栄し、良いものが衰退していく。

畑を放っておくと、雑草ばかり繁茂して、野菜がまともに育たなくなるのと似てますかね。
10年くらい前に、お気に入りのチョコレートケーキを売っている店が潰れたのですが、いまだにそこの味を上回るケーキに出会いません。
Commented by ryu-cat at 2010-05-26 21:39
確かに、余裕が無くなると何事も上手く出来ませんね。

一体何時から「こうなった」のか定かではありませんが
少なくとも、十年前はまだ「大丈夫だった」と思います。

テレビも面白かったですし、刺激が沢山在りました。

畑の例え、とても良いと思います。

雑草が繁茂しているのは大した問題ではなく
「誰も耕そうとしない」のが問題であり、今の時代。

プラスアルファの努力と心遣いが、相手を感動させるのに。

きっと、そのケーキ屋さんもそうだったのでしょうね。

ponponさんの様にまともな考えの方と話せて安心しました。


<< 暇潰し。 チャンス。 >>