ルール。

それは遵守するべきもの。



現在、禁煙をしています。

かれこれ二週間程前でしょうか。
不意に煙草を止めてみようと思い立ち、始めてみました。

理由は解りません。

・煙草が値上げされるから?
多分それは関係ないのではと思われます。

・健康面に気を遣い始めた?
値上げ以上に在り得ないと思います。
確かに、「早死にする確率を高める為」の喫煙でもありましたから
そう解釈されても仕方の無い事ではありますが。

恐らく、この禁煙はずっと続けていける事でしょう。

十二三年喫煙暦が在りますが宣言出来ます。

だって、「ルールは遵守するもの」なんですから。

メリットとデメリット、ペナルティの有無など関係ありません。
誰も見てはいませんし、達成したところで賞賛される事すらないのです。

ただ、自分は何時でも全て見ています。

そして、揉み消す事もまた可能です。

嘘を吐く事も吐かない事も出来る
そんな不自由な自由の中で「遵守」する。

その遵守の先に待つものは──。

ルールは遵守された後、反故されるのが理想です。

「約束は破るもの」という言葉も在りますが
そちらは個人的に、あまり理想とは思えません。

「約束」というのは、「他人と交わすルール」なので
それを反故にするのであれば、お互いにしなければいけません。

一方的というのは、思考のタブーです。

約束を破る時は正式に破りましょう。
相手の目の前で、はっきり見える様にビリビリと。

守るのならば、「約束だから守る」のではなく
「約束をしたから守る」様に心掛けて下さい。

さて、少し違う話を挟んでしまいましたが
この「続けられる禁煙」も、何時かは反故しなければいけません。

ああ、反故にする理由を書いていませんでした。

「知る為」なのです。

「喫煙する事」は既に知っている。
「喫煙を続ける事」も同じく知っている。

そこで新しく「禁煙する事」と「禁煙を止める事」を知ろうという訳です。

要するに、上下幅の全てを理解しておきたいのです。

幸せを知っていても不幸を知らなければ都合が悪い。
不幸を知っているのなら、幸せを知らないと釣り合わない。

相反する事柄というものは、知るのが困難ではありますが
「わざと自分を動かす」事で多少なりとも知れる時があります。

そうして、多少なりでも上下幅を知る事に因って
「どちらの立場にも自分を置ける」という心境が生まれるのです。

簡略に説明すれば、「余裕を持つ方法」ですかね。

筆者はとても馬鹿ですが、短絡的な人間になるのだけは遠慮したいもので。

ともあれ、実はあまり勧められた方法ではありません。

意識する分には役に立つ場面も在るかも知れませんが
実践すると相応に誤解をされる上に、かなりの損をします。

格好をつける意味ではなく、「本当に損得抜きで生きれる」のが前提になります。

誰も真似をしないと思いますが、注意書きというものは要りますものね。
警告は発してこそ意味を成すものですから。

さあ、何時反故しようか、今から楽しみだ。

でも、早くしないと忘れてしまう可能性があるのが問題。

ええ、筆者はとても馬鹿ですから。
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by ryu-cat | 2010-04-05 21:30 | 日常雑記 | Comments(2)
Commented by れいまる at 2010-04-05 23:51 x
禁煙始めたのかーw
おれはかれこれ18年ぐらい吸っているが、今の所やめる気なし(’’
あんま無理せんほうがいいで(’’w
Commented by ryu-cat at 2010-04-06 21:27
おう、無理せんとくわ!

って、喫煙者から見れば異常なぐらい平常心やけどw
「無理するな」って、もしかしてフリか!?

れーさんも酔狂で禁煙してみようぜ(’’w


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